イノックス社長 猪口さんが案内する
六本木『金魚』のミステリーナイト

それは、真っ赤なホルモン鍋から始まった。
集合場所は赤坂「楽々」
10時からのショーのためにまずは腹ごしらえ。
看板には居酒屋とあったがそれは韓国料理のお店。
案内人猪口さんが、手際良く注文していく。
真っ赤なカクテキ、真っ赤なオイキムチ。
ねぎ入り卵焼きの辛くないのにちょっとほっとする。
春雨炒めはものすごいコシで、明らかに日本のものとは違う。
ビールも韓国のお酒ジンロも水代わり。口中を冷やすのに最適だ。
猪口さんは「ぼくはいつもの……ジョッキでネ。」と言って烏龍茶を飲んでいる。
あの髭面で飲めないとは思えない。
精力的な猪口さんの説明に、うなずきつつ、食べつつ、飲みつつ、しゃべる。
「ね、こうやってちょっと変わったもの食べてると、これはなんだろうとか、
おいしいとか、言って、最近どうですか…とか、イヤー最近はどうもーとか、つ
まんない仕事の話なんか出ないでしょう。」と、猪口さん。
確かにそうだ。みんな目の前の料理と次に何が出るかに夢中。
ホルモン鍋を2回食べた後、その真っ赤な残り汁にご飯を入れて、卵を入れて
真っ赤なおじや。汁が飛ぶまでかき混ぜて、かき混ぜて、ちょっとお焦げが出
来るまで。
おいしくないわけが無い!
物も言わずに平らげる。
そのあと、韓国のおにぎりの話。日本とは違うとの事。
おじやで満腹でもやっぱり見てみたい、食べてみたい。
注文して出たのは日本で言うのり巻き。
でも、のりが違う。パリパリしていないのに香ばしい。磯臭い。
おいしい。というところでちょうど時間となり、タクシーに分乗して六本木へ。
いざ『金魚』だ!金曜日の六本木の人込みをかき分け、小さな路地の小さな階段を降りる。
そこは赤い椅子、赤いライトの淫靡な空間。
真っ赤なホルモン鍋はこの布石か。
思ったより狭いステージなのに妙に背が高い。
吹き抜けのペンシルビルの一階にいて上を眺めているような感じ。
「ショーが始まったら、出られないから今のうちにトイレに行っといた方が良
い。」という猪口案内人の薦めに従いまずはトイレに。ウイスキーのボトルや、ポッキーや、ナッツが出て、水割りを作ったりしてい
るうちに観客席は満員。
ショーがいきなり始まる。観客席の通路を通ってダンサー達が出てくる。
「きつねの嫁入り。」行列の人間の杖の音が脳に響く。淫靡な歌、大音響のバ
ックミュージック。舞台の形がどんどん変わっていく。メインステージがせり
あがったと思ったら、階段になり、一枚の板になり斜面になる。
ステージを高速で移動していくものもある。吊り上げられた新郎新婦が空中の蚊帳の中で絡み合っているのがぼんやりと見
える。白い蚊帳の中で新郎の白くて細い股が一瞬露わになり、それに新郎の筋
肉質で日に焼けた足が深く食い込んでいく。そのまま蚊帳は上がり詰め、消えて
いく。次のショーとの間に休憩も無い。次々と進んでいく。
瞬きをする暇も無い。自分の視野がもっと広ければ良いのにと悔しい。
10メーター位も上にあるボックス状のステージと、吊るされているダンサー
と、前を横切るダンサーと、目の前のダンサーと全部が見たいのだ。
箱の中のダンサーが入れ替わるマジックや、箱に入っているはずのダンサーの
顔が無くなるマジックもあった。
拍手をしている暇も無くステージは続く。途中、とてもきれいなダンサーが私のところに来て手を差し伸べた。
私はしっかりと手を握られステージ上へ。
その手の大きなこと!
耳元でささやいた「おねーさま、こちらへ。」という野太い声はやっぱり男性。
ステージ上で一緒に躍らされのかと思っていたら、他のダンサーとの記念撮影。
席に戻ったらみんなの「予定通り。」の声。
私の席はそういう特等席だったらしい。
どうにかウイスキーに氷を入れる時間があり、それぞれ注ぎあった後、またシ
ョーの世界へ。
一気に終わりまで。
終了は11時15分。このあとしばらくいればダンサー達が席に来てくれて一
緒に飲めるとの事。
でも、それぞれみんな終電が待つ身。
仕方なく引き上げ、案内人猪口さんはますますパワーアップした顔で「じゃ!」
と言いつつ夜の六本木に飛び立って行きました。
男性であるはずのダンサー達のすべすべの白い足、細い腕。美しい笑顔。
「男、女、男を好きな男、女を好きな女、女みたいな男、男みたいな女、女に
なった男、男になった女、人間に出会えるよ。」とは案内人 猪口さんの話。今夜の参加者は案内人イノックス社長 猪口/ジェイ・アトール社長 佐塚
/エスピーネットワーク社長 曽我/アイエヌジー生命保険 井野/
土地家屋調査士 田中/税理士 家後それに私、浅野の自営業者混合部隊でした。
居酒屋 楽々
東京都港区赤坂6―6―4
電話03−3587−6787六本木 金魚
東京都港区六本木3-14-17
電話03−3478−3000
1999年11月11日発信